Annex of Theatrum Mundi

絶賛更新停滞中のはてダに加えて停滞するblog的な何か

オタクを消費するオタクたち(オタク論壇デビュー作?)

久しぶりにまともな話。最近オタクの生態を描いた漫画が多い。一例を挙げると、ちばぢろう・著「オタが行く!」、木尾士目・著「げんしけん」、阿部川キネコ「辣菲の皮」等。他にもあるかもしれないが私が読んだことあるのはこの程度。んで、何でこの手の漫画が複数あって、それなりに受容されているのかを考えてみると、要はオタクの方々(私も含めて)が自己のアイデンティティを確保したいのではないだろうか。どっかで聞いた話を孫引きしてみると、現在の日本では社会の流動性が上昇した結果人間の入れ換え性が上昇し、「その仕事をするのが自分である必要が無い」社会構造に多くの人が生きざるを得ない状況が生じていると思われる。そこで問題になるのは自分が自分であることをどうやって担保するのかということ。そのやり方にはいろいろあると思うけど、効果的なのは誰かからお墨付きを与えられることだろう。そうすると、多くの人が目にするメディアでお墨付きを与えられれば最も安心できるといえる。そこで注目されるのが、最初に挙げたオタク漫画なのではないか。さまざまな不安に飲み込まれそうなとき、これらの作品を読むことで自らの精神の安定を図ることが可能なのだろう。まあ、そのときの反応として「自分だけじゃないんだ」とか「こんなことやってるぜ、プ」とかいろいろあるだろうけど。この関係を多少俯瞰してみると、生産者と消費者の幸せな共(依)存関係とでもいうのだろうか?しかし、このような関係が維持できるのも需給のバランスが成り立つ間だけだろう。その崩壊は私の目から見ると近いような気がする。週40本以上ものアニメをペイするだけの金額(1作品あたりDVD1万枚)を果たしてオタクたちは払いつづけられるのだろうか。近年の雇用と賃金の状況を見ると早晩維持できなくなる気がする。そのときにはゲームや音楽業界も併せて崩壊するのだろうが。